畳敷きの露天風呂を備えた、数寄屋造りの離れ「観月」
この客室に込められた設計者思いをご紹介致します。
設計者の言葉
日頃時間に追われている我々が日常から隔離され、ゆったりと流れる時間を感じ、人それぞれが持つ日本的原風景を思い起こさせながら癒される、日本的文化性や美意識の上で構成された和風空間を具現化する事に設計の目標を置いた。
アプローチは、玄関前に水琴窟を設え、飛び石と樹木の配置に気を遣い、行燈の灯りに導かれながら踏み込んで行く空間との整合性や自然な感性の流れを意識し、前室は品良く穏やかに客を迎え入れる空間に徹している。
客間は結界で露天風呂と一体になり、廻りの自然との融合を演出。
この建物は客室と露天風呂そして周囲の自然が一体になった時に真価を発揮する。
『露天風呂と客室を一体化しつつも、それとなく隔離する。』
露天風呂の周囲は客室との一体感を考慮し、雨晒しでも大丈夫な特殊な畳を敷き詰め、露天風呂の構造部分は水より重く耐久性の有る木材である『イペ』を使用し、畳を上げた状態でもウッドデッキとして使用出来る設計となっている。また、露天風呂の可動衝立は結界の装置の一つで、動かした時の形状で多様な表情と使い勝手を演出する。屋内から見ると外の明かりに桜の花びらが浮かび上がり、浴槽の湯面に映し出され、遮蔽しながら周囲との融合を図り、また、桜のパネルを紅葉のパネルに替える事で季節感も演出している。
このような、日本特有の結界空間を構成する事で、周囲と一体化したおおらかな空間を構築した。
また、露天風呂上部の一部分にのみに設置した軒樋の様に、敢えて集水アンコーを用いず、両サイド切り放しにすることで、雨天時に露天風呂の両側に小さな滝が出現するなど、数多くの仕掛けが至る所に盛り込まれている。
客室内装は柱や鴨居、棚板、天井竿縁に至るまで全て大面取りとし、面幅を統一しながら逃げ無しの総止メ(総面取り総止メ仕上げ)で仕上げ、その仕事を際立たせる為に全ての面を黒く着色し、和の品格を表現した。
壁材は健康素材に拘り、漆喰とINAXのエコカラットだけで構成。エコカラットの目地は、柱や鴨居等の黒色の面が効き、その存在を和らげている。また、エコカラット最下段の一枚分のテクスチャーを変えることで、数寄屋建築の腰貼り風のあしらいにし、襖も腰貼りの高さを揃え、障子は格子を腰貼りの高さに合わせて紙の色を変えている。
近年「天井は高い方が良い」、「吹き抜けの方が気持ち良い」などと言われる事が多いが、和の空間で座して寛ぐ人の目線の高さを配慮して、心落ち着ける適正な天井高とし、造作材や棚板の厚み、柱寸法から梁に至る迄、サイズと間隔のバランスを重視し計画した。
また、什器備品に迄統一性を配慮し、建具の手掛け等には、黒を基本に、襖の手掛けはコンセプトでもある月の字形(京都桂離宮の物を模した手掛け)を使用している。
柱や造作は檜、建具は檜と檜葉、一部杉を使用、天井は薩摩杉の笹杢と吉野杉の柾、一部杉網代や和紙を貼り、棚は欅玉杢、地板は脂松杢、式台は樺桜、床の間はリュウビン畳と呂色カシュー框、多彩な材料を使いながら、品格有る調和を心掛け、浴槽の中や脱衣室の洗面器などは、畳の色合いとの調和を意識し、浴槽の中は十和田石で仕上げ、洗面器に青磁を用いた。
外装は外断熱パネルにタイル貼りとし、外構との質感のバランスを考え重厚さを狙いながら、和風のテイストを持ったタイルを貼り付けた。 屋根は外観のバランスと下屋部分の勾配との調整、軒先の軽快なデザイン等を考慮し、蓑甲の手法を用い、仕上げはガルバニウム鋼板の一文字葺き、棟はいぶし瓦でカエズの鬼を使い、本格和風建築に挑んだ。
夜になると、月見台の隅に置かれた灯籠、床の間脇の高い位置から差し込む三日月形の灯り、客室と露天風呂を個性的に演出する空中行燈のスリット光と間接照明など、多様な効果を考えた照明デザインが、月見台や露天風呂、そして客室にいたるまで、特有な雰囲気を与えている。
『生ある物には敵わない。』
建築を評価する際に、得てして外から人間のいない空間を見て価値を判断する事が多いが、それは主役のいない舞台を評価しているようなもので、もし主役のいない状況で完結している場合、そこに主役が入った時、うるさ過ぎるものになってしまう。建物は、どの様なデザインをしても、人間という主役の脇役でしかない。
「生ある物には敵わない」そこに人間という主役が入り込み、初めて完結する空間、快適で居られる空間の構成を心がけ設計した。